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小窪院長東日本震災支援帰町報告会

 5月16日に小窪院長の東日本大震災支援帰朝報告会がありました。 小窪院長もさきに支援活動に参加された白山先生と同じ自治医科大学同窓会東日本大震災支援プロジェクトの一員として、4月28日から5月7日にかけて支援活動に参加しました。 支援活動の拠点は、宮城県登米(とめ)市の市立津山診療所と南三陸町ベイサイドアリーナで、現地での支援活動は、①津山診療所(無床)の診察、②避難所の巡回診療、③米谷(まいや)病院(49床)の日当直、④医療統括本部業務の手伝い 等が主なものでした。  小窪院長によると、生で見る現地の情景は想像以上に凄まじく、海から4~5km離れた場所に漁船や車、大量のがれきなどが流され、屋根や壁がなくなってしまい、鉄骨だけがむき出しになってしまった建物も散見されたとのことです。そのような状況下でも、現地の医師や医療スタッフは限られた資源を用い、懸命に診療や支援活動を行っていました。  支援活動先の一つ、米谷病院は4階建ての病棟の耐震補強がないため50cm沈下し、手術室は使用できず、ボイラーは故障、エレベーターも動きません。そのため、2階病棟に行く患者さんの移動は救急隊が担架で行っているそうです。建物内も廊下のあちこちに亀裂が生じていますが、破損個所をゴムシートで覆うだけで、本格的な修理は未定とのことでした。話によると、登米市は深刻な財政危機により、以前からこういう対応が多かったようです。小窪院長は、「普段は気がつかない方も多いと思いますが、私たちの芽室町のように、当然のように修理修繕が出来る環境にあることはとても幸せなことです。」と感想を話されていました。  また、被災地における「水」不足が大変深刻であるとの報告もありました。水がなければ、掃除、洗濯、炊事、すべてのことができません。掃除ができなければトイレ清掃や汚物処理もままなりません。洗濯ができないため、同じ下着を数週間程度取り替えていないと見られるお年寄りも見受けられたそうです。炊事ができないため、支援物資、つまり、パンやおにぎり、レトルト食品などが中心の食事となってしまい、野菜・果物がとれず、塩分過多、糖分過多で手足がむくんできた支援スタッフもいたそうです。  小窪院長は今回の震災支援活動の中で「私たちは、自然の中で生かされています。水、空気、太陽、土、どれ一つ無くても、一瞬たりとも生きてはいけません。私たちを生かす、その同じ水が、津波という形で、私たちの命をも奪います。人間は自然には勝てません。」と話され、「震災は多くの人の命を奪い、物を破壊しました。しかし、人々はこの苦難の中で、愛し、助け合い、一つになることの喜びを知りました。一つになることにより、大きな力が生み出されることを知りました。震災は、人々の心を一つにしました。」と総括されました。  そして、①自然の脅威と、自然に感謝することの大切さ、②人間の中に存在する『一体性』の力と『一体性』の喜びを学んだとし、「被災地へ送り出してくれた病院の皆さん、町の皆さん、そして、被災地で共に働いてくれた同僚の皆さん、被災地で色々な教訓を与えてくれた患者さんや地域の皆さん、全ての人に感謝です。有り難うございました。」と感謝の言葉を述べ、1時間にわたる報告会を締めくくりました。

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小窪院長が東日本大震災支援プロジェクトへ出発しました。

4月28日 自治医科大学同窓会東日本大震災支援プロジェクトへ出発しました。

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